~ 学生・教職員お互い顔の見える大学で、生涯心に残る留学を ~


 天津商業大学茶道裏千家短期大学は1994年9月の開学以来、着実に発展してきております。入学志望者も高校卒業生から大学生、大学院生、社会人、主婦そして退職者と幅広く、最近の傾向として海外在住者の入学者も増えてきています。
 多数存在する大学、その中で敢えて本校を選んだのは茶道の「和敬清寂」を建学精神とする裏千家茶道短期大学で学ぶことが中国語・中国文化の習得だけでなく、自国を、そして自分自身を見つめ直したいという動機が多いようです。本学だから、本学でなければ得られない留学。裏千家短期大学に入学したその理由と感想を語ってもらいました。




1996年度 弘田 佳代子

「中国を垣間見てみたい。」就職後、しばらくして改めて学生生活に戻るに当たり、1年間という限られた時間でありながら、基礎から学べる中国語のみならず、書・陶器・唐詩・二胡など、中国の文化も幅広く取り入れられたカリキュラムは大きな魅力でした。
実際に授業の中で教えていただいたことは、日本に居てはなかなか学べないものでしたが、今でも、心の中に強くあるのは、現地へ行ったことで得たご縁です。少人数体制の中で共に学んだ学友、現地の先生方やスタッフの方々との日々は短くも濃いものでした。年齢も経歴も違った友人たちとの寮生活では、語らいの中に考えさせられること、自分を省みることも多くあり、大きな刺激となりました。青年期とは違い、社会人として多少の体験を経て改めて過ごした学生生活、共同生活であったからこそ、感じられた愉しさもあったのだと思います。また、行きつけの店や旅先で出会った中国の方々など、一つひとつの記憶を辿っていくと、その数は数え切れないものですが、たとえ一瞬のことであっても、深く心に残っていることも多くあり、今なおその影響を受けています。人との出逢いはどの地に居ても得られるものであり、またそれぞれが貴重で大切なものと捉えてはいますが、悠久の歴史を有する大地での生活は、私にとって全く新しいものでした。その体験が10年以上も経た現在も私の人生に少なからず影響を与えていることを感じる日々です。



1997年度 神薗 弘美

中国語のアイウエオもほとんどわからぬままに天津での短大生活をスタートしました。
外国で茶道をすることに始めは戸惑いを感じましたが、茶道を通じてそれに付随する陶器や着物また中国茶葉等、中国人学生の方々とも互いに好奇心を持ち、広がりのあるコミュニケーションを図れたと思います。中国語に関しても一人でも多くの中国の方々と交流することで、自分を素直に表現したいという思いになり、自然と楽しく中国語を学ぶことができました。
中国での充実した生活を体験し、改めて日本の豊かさを認識し、このような機会に恵まれたことに非常に感謝しています。私にとって写真や本の中ではなく、自分の目で見、自分の肌で感じた中国は大変興味深く新鮮なものでした。



2002年度 萩原 えり香

今までも異国の文化に興味を持ち自分なりに国際交流を楽しんできた私ですが、常に自国の文化を正しく知り伝えることの大切さを感じていました。この度お茶の故郷中国にて茶道を修行する機会に恵まれ想像以上に日本のルーツを知る留学生活となっています(毎日新たな発見で一杯です)。その中で是非日本人としてのアイデンティティをしっかり身につけたいと考えています。さらに中国の学生達が日本、茶道に興味を持ち熱心に取り組んでいる姿にも驚きです。お互いが文化を理解し友好を育む、まさに「一碗からピースフルネスを」の理念を実感しています。今中国は大いなる発展・飛躍の中にあり、人々はとても活気に満ちています。私もそのエネルギーを受け、積極的にコミュニケーションを図り、多くのものを見、感じ、身につけていきたいと思っています。



2004年度 1年留学コース 植木 三智恵

日本の大学卒業後10年近く勤めた会社を辞めて、一念発起し2004年天津へ。自分の将来に不安を覚えていたこと、将来中国語のスキルが必ず役立つはずと感じたこと、中国でもお茶のお稽古が続けられることが決め手となりました。
天津で過ごした2年間は、本当に充実した日々でした。中国語だけでなく、お茶のお稽古や二胡、太極拳などの授業もあるのですから本当に大忙し、長期休暇には、チベットや新疆、四川などを旅して、生の中国を肌で感じました。現在は、縁あって、上海で子育てをしながら仕事をしています。



2006年度 1年留学コース 林 和子

天津に来て3年が過ぎました。1年留学の予定が、終了間際になって自分の中国語があまりにも未熟であることに気がつき、半年間の留学延長をお願いしました。その後、中国語の上達は思うにまかせませんでしたが、短大の講師に応募する機会を得、採用していただきました。今は天津商業大学の学生の日本食文化の講座を受け持ち、楽しく有意義な毎日です。学生たちは大変意欲的で、日本料理の人気はますます高まっているようです。今後もこの貴重な体験を活かし、日本の伝統的な食文化を知ってもらうとともに、中国の食文化や、食材に関する知識を深めたいと思っております。



2007年度1年留学コース 多田 明子

私の夢は世界平和です。そのために私は虹になりたいと思っています。世界と日本を結ぶ虹の架け橋に。オーストラリアのカトリック系小学校でスクールインターンをしていたときのことです。職員会で茶道を紹介する機会を得ました。そのときの空気はなんとも言えず心地よく、本当に独特なものでした。先生方からは、”Peaceful.”や”Calm”、「キリスト教の儀式にも少し似ているね」との言葉がありました。私にとって貴重で不思議な体験です。紹介というよりも、”Share”できたという感覚でした。このような体験の積み重ねをこれからたくさんの方々と続けていきたいと思っています。真の平和は「力には力で」という図式ではなく、人々の心の平安と調和からなると確信しているからです。裏千家茶道短期大学で茶道の原点に触れながら、平和実現に向けての確かな礎を築いていきたいと思います。



2007年度1年留学コース 中野 鉄正

ある茶会に参加した時、「帰去来」という軸が掛けられているのを見ました。職を辞した陶淵明が郷里に帰る心境を語った有名な詩のなかにある言葉です。私自身も長年の勤務を終え、原点に立ち返りたいという思いを抱きました。茶道と人生の再出発を図る場所として、私は中国の地を選んだのです。茶と仏教文化は最澄や栄西によって中国から運ばれました。日本文化の形成に大きな影響を与えた中国において歴史や文化を学び、中国語を研鑽したいと思いました。
世界のグローバル化が進むなか日中間は依然として微妙な問題を抱えています。茶道を通じて感謝と思いやりの心を培い、両国の文化と人の交流に貢献したいと思います。『十牛図』の最後の行、「利他の行」を目指し、修業に励みたく入学を志望しました。



2007年度1年留学コース 大沼 多美子

私は十歳の時からガールスカウト活動を始め、現在もリーダーとして手伝いを続けています。様々な体験を通して、内気だった私は大きく変化し、また家族や友人の大切さを学びました。何に対しても興味を持ってチャレンジし、自分の可能性を見出そうと努力するようになりました。ガールスカウトが育んだ学び続ける姿勢をいつまでも大事に持ち続けたいと思っています。
今は子供達と活動を共にしています。一人では無理でも協力すればできるということ、たとえ失敗しても新たに挑戦することの大切さを感じさせられます。これからは自分が学んできたこと、自分の持っているものを伝えることができればと考えています。



2008年度 1年留学コース 村内 倫子

中国語が学べるだけでなく、茶道を通じ中国の方々と交流できる本学に魅力を感じ、留学を決めました。天津や北京で開催された茶道デモンストレーションでは、席が足りないほどの盛況で、日本文化に対する関心の高さを感じました。また、天津茶道同好会では中国の皆さんが熱心に稽古されていて、大いに刺激を受けました。短い一年でしたが、茶道の意義を考える良い機会となりました。卒業後も茶道の修練に励むとともに、中国で実感した「一碗からピースフルネスを」の理念を、身近なところから実践していきたいと思います。



2009年度 日中文化学科1年 堀 正輝

私が本学への進学を志望したのは、「自分の持っている新たな才能を発見したい」と考えたからです。天津での留学生活は毎日新しい発見でいっぱいです。初めて自分の中国語が現地の方に通じたときは、この上ない達成感を覚えました。人生初めての茶道で、一碗を手にしたときは、会話を超えた心のコミュニケーションに深く感動しました。中国に来て本当によかったと思います。この二年間を充実したものにするためにも、一日一日を大切に過ごしたいです。そして、この留学生活で学んだことを、ぜひとも将来に活かしたいです。



2009年度 日中文化学科1年 松浦 舞

茶道や中国芸術など、興味のある授業がたくさん学べるのでここに進学しました。海外での生活なので最初は不安でしたが、寮はとても快適ですよ。寮のご飯が大好きで、いつも楽しみにしてます。
教室は自分の部屋と同じ建物の中にあるので、とても近いです。(笑)
そして授業が終わると先輩やスタッフの皆さん、先生達と一緒に遊んだりもします。困ったことはスタッフの方々や事務の先生方が丁寧に対応して下さるので、とても助かります。とにかくアットホームで、毎日がすごい楽しいです!この大学にこれて本当によかったと思っています。



2009年度1年留学コース 吉田敬司

  「白春」  年たけてまた越ゆべしと思ひきや命なりけりさやの中山   西行法師

30代の半ばに2週間旅行をし、再び訪れたいと思っていた中国。子育てが終わり、ふと気づくと25年近くが経っていました。茶道をはじめ中国語、太極拳、水墨画、中日比較美学、中国語による原典講読等々新しい学習からの刺激に遊ぶ暇も惚ける間もありません。心身にこびりついた錆を落とすのは容易ではなく苦戦の連続ですが、先生方のきめ細かく暖かいご指導、中国人スタッフの丁寧な応対、とりわけ18歳の若い同級生に支えられ、まさに「一期一会」。青春ならぬ「白春」を謳歌しています。



保護者より

村上久美子
(2007年度 日中文化学科 村上 三香子さんのお母様)

「短大に子供を送って・・・」
2年間何事もなく終わると思っていました。3月12日までは・・・。
娘が進路を決める際「中国の短大に行きたい。」と聞かされた時は、躊躇いもなく許可したことでした。というのは、高校時代に国際交流団として中国に渡り、帰国した時はとてもイキイキと輝いていましたし、当時は鳥インフルエンザ騒動やダンボール事件等々世間が心配するようなことがあまりなかったからです。それに高校の先生方も信頼していましたから下見をすることなくパンフレットだけで決めました。
短大に入ってからは今まであまり気にしていなかった中国の話題やニュースが気になるようになり、日本で一時期毎日のようにテレビで中国のニュースが流れて騒がれていた時は、心配になり娘に聞くと日本のような騒動は全然ないよと。今は携帯電話やメールも繋がるので外国にいるような感じは全然しませんでしたね。
3月23日の卒業式をひかえた10日前のことです。大学から一本の電話が入りました。「子供さんが○○で入院したので今からすぐ来てください。」と。背筋が凍りしばらく茫然としていました。何が何だかよく分からず娘のところへと向かいました。鳥インフルエンザでもなく食中毒でもなく・・・頭の病気で入院。気圧の関係で飛行機に乗ることはとても危険とのことで日本に帰国することは出来ず、天津の脳外科で手術をすることになりました。とても不安でした。入院先の病院では日本人の手術は初めてとのことでしたが、心配していた手術も無事に成功し順調に回復しています。病院の先生方や看護師さんもとても親身になってくれて、失礼かと思いますが思っていたイメージとは違っていました。技術も良いです。
今は大分県のサッカーチームの事務所で元気に働いております。あの不安な毎日が嘘のようです。大学の先生方、スタッフの方、生徒のみなさんが細部まで本当に良くして下さいました。大変感謝しております。